大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12704号 判決

原告(反訴被告) 昭徳水産株式会社

右代表者代表取締役 竹内富行

右訴訟代理人弁護士 池田清治

同右 小川裕之

右池田訴訟復代理人弁護士 根本

被告(反訴原告) 株式会社大戸造船所

右代表者代表取締役 大戸ちよう

右訴訟代理人弁護士 水上益雄

主文

原告の請求を棄却する。

反訴被告は反訴原告に対し、金七六三万九九五〇円およびこれに対する昭和四四年一二月六日以降完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

反訴原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、全部原告(反訴被告)の負担とする。

本判決は、金二五〇万円の担保を供して、確定前に執行できる。

事実

原告(反訴被告・以下単に原告という。)訴訟代理人は本訴につき、「被告は原告に対し、金一二〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一二月六日以降完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を、反訴につき「請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告(被告・以下単に被告という。)の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、本訴につき「請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、反訴につき「原告は被告に対し、金七六三万九九五〇円およびこれに対する昭和四三年六月三〇日以降完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

原告訴訟代理人は、本訴請求原因として

一  原被告はいずれも商事会社であるが、昭和四三年二月二二日、鋼製七五屯エビトロール船二隻の建造につき、次のような契約を締結した。

(一)  建造請負代価 五〇〇〇万円

(二)  支払方法

第一回 契約時 一二五〇万円

第二回 起工時 一二五〇万円

第三回 進水時 一二五〇万円

第四回 竣工時 一二五〇万円

(三)  引渡時 昭和四三年六月三〇日

二  原告は被告に対し、右第一回分の建造代金の内金一二〇〇万円を、昭和四三年二月二二日支払った。

三  被告は建造に着手せず、引渡時である昭和四三年六月三〇日を経過しても原告に対して引渡をしないので、契約の目的を達成することを不可能として、本訴において前記契約を解除する。

四  よって原告は被告に対し、内金一二〇〇万円の返還およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年一二月六日以降完済まで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の答弁ないし反訴請求原因に答えて、

五  1のうち昭和四三年一月初旬、訴外会社と被告との間でトロール船二隻の造船請負契約が締結されたこと、同年一月七日被告が造船工事に着手したことは、いずれも不知。同年二月五日の三者合意による契約当事者の変更ないし債権譲渡および債務引受の事実は否認する。2の、原告が訴外会社に一二〇〇万円貸与したとの事実は否認する。3のうち、原告から被告に起工式の中止を申入れたとの事実は否認する。原被告間において二月二六日頃、三月二日に起工式を行う旨約されていたものである。4の、損害発生の事実は否認する。

六  原告は、元来被告とは関係なしにトロール船二隻を建造する意図を有し、他の造船所も知っていたのであるが、たまたま訴外会社の専務取締役を通じて被告を紹介され、これに注文することになったもので、被告が既に訴外会社から注文を受けて建造中であることなどは全く知らなかった。

昭和四三年一月二〇日被告から見積書を提出させて検討し、値下げを交渉して、同年二月二二日漸く五〇〇〇万円で妥結したもので、同月五日被告主張のような三者の合意による契約承継がなされたことはない。

七  第一回支払分である一二五〇万円のうち一二〇〇万円を支払うことになって、訴外会社に赴いた原告会社の若林は、被告会社の北川から船舶建造契約書に記名したもの二通の交付を受けるのと引換に、銀行振出の小切手で一二〇〇万円を右北川の前に差し出した。

その前に訴外会社の名村から右北川に対して二―三日この金(一二〇〇万円)を使わして欲しいとの申出があり、北川はこれを承諾していたので、右一二〇〇万円の小切手を卓上で右名村の方へ押しやり、名村は経理課員を呼んで受領し、被告から貸与を受けた。

そして、被告会社の北川は領収証を持参しなかったとの理由で訴外会社に仮領収証を交付するよう依頼し、原告会社の若林は名村から仮領収証の交付を受けたが、被告会社に対して直ちに正規の領収証を交付するように念を押し、北川はこれを領承したが、結局交付しないままになったものである。

被告訴訟代理人は、本訴請求原因に答えて、また、反訴請求原因として、次のとおり述べた。

1  本訴請求原因第一項中、原被告間に原告主張の船二隻建造につき(一)ないし(三)のような内容の契約の成立していたことは認めるが、契約成立の日が昭和四三年二月二二日であることは否認する。

原被告間の契約の経過は次のとおりである。すなわち、昭和四三年一月初旬、訴外東洋シュリンプ株式会社(以下訴外会社という。)と被告との間でエビトロール船二隻の建造請負契約が締結され、請負人である被告は、同月七日から造船工事に着手したが、その進行中である同年二月五日、原被告および訴外会社の三者間で、注文者を訴外会社から原告に変更することに合意し、前記契約による訴外会社の債権債務につき、訴外会社から原告への債権譲渡とこれについての被告の承諾および原告の被告に対する債務引受がなされた。なお、請負代金について、訴外会社と被告との契約では五一七〇万円とされ、また第三回目の支払時期が主機塔載時とされていたのを、右の三者合意の際、原被告間の契約としては、代金五〇〇〇万円、第三回支払時期進水時と変更されたのである。

2  本訴請求原因第二項は否認する。ただし、次のような経過があった。すなわち、右原被告間の契約の請負代金第一回支払分一二五〇万円のうち一二〇〇万円を原告から支払を受けるため、昭和四三年二月二二日訴外会社へ被告取締役北川忠二が赴いた。席上訴外会社専務取締役名村勝から右北川に対して被告が原告から支払を受けたら、その金員を訴外会社に貸して貰いたい旨申込を受けたが、北川はこれを断った。次いで、原告の東京営業所長若林光雄が右両名に加わった席上で、名村は若林に対し原告が被告に支払うべき一二〇〇万円を二―三日訴外会社に借用させて欲しい、二月二五日頃までに被告に支払う旨申し入れ、右若林はこれを承諾して、名村に一二〇〇万円の小切手を手交し、名村は若林に仮領収書を手交して、原告から訴外会社への貸与がなされた。

3  本訴請求原因第三項中、引渡日を経過しても引渡をしなかった点は認めるが、その余は否認する。

被告は、昭和四三年一月七日着工後、造船工事を進め、前記の二月五日の原被告間の契約時も進行中であることを原告は承知し、六月末日完成に間に合うように指示していた。工事は三月二日起工式を行うまで進行したが、原告から起工式中止の申入れがあり、次いで同月四日建造中止の申入れがあったので、被告は、再開の申入れを待ったのである。

4  原告は、請負代金の支払を一切履行しないから、被告は反訴において本請負契約を解除する。そして、被告は原告の右債務不履行によって、まず実損害として、

(1)  船体工事費用   二五三万六二五〇円

(2)  船体艤装費用    八八万〇四〇〇円

(3)  機関艤装費用    四三万七二〇〇円

(4)  機械消耗電力料外  二二万八六五〇円

(5)  設計費用      二九万八〇〇〇円

(右の(5)は、被告の最終準備書面による陳述では脱落しているが、損害の合計金額の主張その他弁論の全趣旨から途中までの主張が維持されているものと善解しておく。)の損害を蒙った。

また、この種漁船建造における請負人の利益は請負金額の一割相当額であることが造船業界の商慣習であるから、本件工事において、被告は五〇〇万円の純利益を予定していたところ、これを失ったものであるが、その一部である見積書記載の「諸経費一六五万二〇〇〇円」相当額の二隻分である三三〇万四〇〇〇円を得べかりし利益の喪失による損害として主張する。

よって、右両者の合計額中七六三万九九五〇円を原告の債務不履行に基づく損害の賠償として、原告に右金員およびこれに対する漁船二隻引渡日である昭和四三年六月三〇日以降支払済みまで商法所定年六分の割合による損害金の支払を求める。

証拠関係は、本件訴訟記録中、証拠目録欄記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  まず、本件原被告間の契約(その内容自体は争いがない。)が、原告主張のように、当事者間の契約として、二月二二日に成立したのか、それとも被告主張のように、被告と訴外会社との間の契約を前提とし、その訴外会社の地位を原告が承継する形で、必要な変更を加えて、同月五日に三者間の合意によって成立したのか、という争点について考察することとしよう。(≪証拠標示に関する説明省略≫)

≪証拠省略≫は、原告主張に副う部分があるが、後記認定に照らし、採用しえないし、他方、被告主張のように、当初の訴外会社との契約が二月五日原告との契約に切り替えられたとの事実につき、心証を得せしめる証拠もない。むしろ、次のような徴憑的事実が存在する。

1  昭和四二―三年頃、原告は、遠洋トロール漁船による操業のための漁船二隻の造船を計画したが、外地漁業権を有しないため、水産庁の造船許可を得るのに困難な情勢にあった。一方、訴外会社は、サラワクに漁業権を有するので、訴外会社の造船なら許可が得られそうであった。

2  原告はまた、造船資金を農林中央金庫の融資に期待したが、十分でなかったので、訴外会社が米国トカビラ社から買っていたエンジン(二基分で一〇〇〇万円位に相当する。)の提供を受けるのを便宜とする事情があった。

3  そこで、訴外会社と原告との間には、原告が訴外会社に漁船建造を委託するという形式での契約を締結してはどうかという交渉も行われた。これは、契約案文によると交渉程度で終ったけれども、昭和四二年中、おそくとも昭和四三年一月中のことと認められる。

4  訴外会社あての見積書は、昭和四二年一二月一日付および昭和四三年一月二〇日付で作成されているが、契約日として、「四三―一―二三」と記入された建造工事予定表では、発注者名の表示が訴外会社名からこれを抹消しての原告名に訂正され、また、第一昭栄丸・第二昭栄丸の船名もあとから記入されたように見える。(昭栄丸の昭の字は訴外会社よりも原告にゆかりあるものと考えられる。)

5  建造代価を水増した契約書が原告と被告との間で日付を空白にして作成されているが、昭和四三年二月一日付で原告から被告に差入れられている確認証と合せると、右契約書に昭和四三年二月一日と日付を入れたものが金融機関に提示されたものと認められる。

これらの徴憑と≪証拠省略≫を合せ考えると、昭和四二年中原告と訴外会社とに黙契が成って、訴外会社の名を借りて原告が大部分の資金を負担して二隻を建造することになったが、被告に対しては最終段階までこれを明かさず、訴外会社の船のようにして話を進めることとし、また、訴外会社はそれまで二回にわたり被告に発注していた実績もあって被告もそれを信じて疑わず、かくて、昭和四三年一月に至って、初めて真の発注者は原告であることが被告に明かされたが、なお、船価値下げの交渉がなされて後、二月になって原被告間の請負契約関係として正式に締結された、という経過が認定できる。原告は、甲第一号証の日付である二月二二日を主張するが、当事者間の契約はそれ以前に成立し、二月二二日は、契約書の正式作成兼第一回金一二五〇万円の支払日として予定されたものと見るべきであろう。

二  そこで、次に、本件の最大の争点である一二〇〇万円の支払の有無について、判断することとしよう。証拠としては、≪証拠省略≫が主要なものであるが、当裁判所の認定したところを示してゆくこととする(よって、一々その根拠を注記しない)。

1  先に判示したとおり、昭和四三年二月二二日は本来一二五〇万円の支払われるべき日だったのであるが、実際には、原告の東京事務所への本社からの送金が一二〇〇万円であったため、その金額になった(このことは、争いがない)。支払額が一二〇〇万円になるということは前日被告に通知されていた。

2  さて、問題の日に、訴外会社の事務所に原告東京事務所長である若林光雄と被告の取締役である北川忠二とがゆき、訴外会社の専務取締役である名村勝と経理部長中沢昌二とが立会った。もっとも、中沢は名村と異なり終始立会っていたわけではないようである。また、名村は、更に経理課員がいたように供述するが、これは、他の人の供述に照らし、後記の仮領収証の関係で出入りした程度で、立会いというわけではなかったと認められる。

3  若林は、銀行振出の小切手を持っていった。北川は、甲第一号証にあたる契約文二通および一二〇〇万円の領収証を持っていった。この北川の領収証持参の点は、後に触れる甲第三号証との関係から問題の残るところであるが、契約書の作成と第一回金の授受という取引上最も重要な法律行為につき、会社を代表する立場で出かける取締役の地位にある者が、領収証を用意しないででかけるということは、特段の事情がない限り考えられないところであるし、特に本件では、契約上定められた一二五〇万円でなく一二〇〇万円である旨前日特に電話されて来ていることでもあり、乙第三九号証の領収証控えを合せ考えると、北川は持参していたと認定すべきである。

4  当時、金繰りに苦しんでいた訴外会社の専務として、名村は、席上、若林に「授受される一二〇〇万円を二―三日でよいから貸して欲しい。二月二五―六日頃には返せるから。」という趣旨の言葉で借用方を依頼し、若林はこれを拒まず、北川も、入金が二―三日遅れるだけなら差し支えないと考えて、争わなかったものと認められる。≪証拠判断省略≫

5  若林は一二〇〇万円の小切手をテーブル上に出し、名村がこれを取って中沢ないし経理課員に渡し、甲第二号証の仮領収証(訴外会社作成原告宛)を作成させて、若林に交付した。これにつき甲第三号証には、右仮領収証の発行は、当日北川が正規の領収証を持参しなかったためである旨の名村勝名義の記載があるが、≪証拠省略≫によれば、これは後日原告側の要請によってその要求どおりに作成したものと認められるから、右認定の反証となるものではない。また、≪証拠省略≫によれば、右一二〇〇万円の小切手金は訴外会社の経理上被告からの仮受金として扱われていたことが認められるけれども、これは、名村が、自分の一時的借受けによって、本来、原告が支払うべき相手方である被告に金が入らなくなった、被告こそ一番迷惑している、という気持をいだき(これは、法律的な債権債務関係の理論構成とは別の、経済人としての事態把握からは一応無理もないところと言える。)、また、本件造船につき訴外会社としては前記のようにエンジン二台約一〇〇〇万円相当を現物提供することになっていたから、被告に対しての清算はその金額までは担保されると考えていたこともあり、結局原告から被告へ動く金員を途中で一時停滞させたといった意識から、倒産しない限り、直接(すなわち一旦原告に返金して、原告から改めて被告に交付させるのでなく)被告方へ送金するつもりでいたと推認しうることと一体をなす事実であって、借受けた訴外会社側に権利関係の認識において多少曖昧な点のあったことは疑いえないとしても、このことがあるからといって、先の一二〇〇万円の借入先が被告であったと認めさせることにはならない。北川が当日持参していた領収証を出さず、他に被告名義の覚えを作成することもなく、却って、甲第二号証のような原告あての訴外会社の領収証が存するという事実からする「原告が貸主」という認定は動かし難いのであって、訴外会社の帳簿上被告からの仮受金となっているため被告に訴外会社から直接返金される事態がかりにあったとしても、右認定の下においては、それは原告からの返金の代行としてなされるものと理解して差し支えない。

6  原告はまた、訴外会社が被告に対して右一二〇〇万円の債務を自認していたとして、いくつかの徴表をあげる。そして、≪証拠省略≫によれば、訴外会社がその事務所賃貸借上の保証金・敷金としてニュートヨペット販売株式会社に預託していた一〇〇〇万円の返還請求権を被告に譲渡して、経理の帳簿上も仮受金一二〇〇万円中一〇〇〇万円返済の扱いにしたことが認められる。しかし、≪証拠省略≫によれば、それは前記の仮受金一二〇〇万円の受先が被告とされたことからの経理上の処理という面が先行し、本件での真の貸主が原告被告いずれであるかについて一定の法律上の見識があったわけではなかったと認められ、≪証拠省略≫によると、訴外会社への被告の債権は、右とは別に三二五万円のみが和議債権として届出されていることが認められる。結局、前記訴外会社の帳簿上の処理も、貸主は原告との認定を左右するものではない。

三  前節各段の判示を総合して、本件一二〇〇万円は原告から訴外会社に貸し付けられたもので、被告に支払われたものではない、と判断すべきである。そうすると、右の支払を前提とする原告の本訴請求は、その余の点の判断に及ぶまでもなく、失当とせねばならない。

四  そこで、進んで、被告の反訴請求について考察する。(被告は訴外会社との契約上の地位が原告に承継されたものと主張するに対し、当裁判所は当初から原告が訴外会社の資格と名前とを借りていたものと見ること、先に第一節で判示したとおりであるが、このことは、反訴請求を理由なからしめるものでないことは言うまでもない。)

本件反訴は、契約解除に伴う損害賠償の請求であるが、被告が原告に対して解除の意思表示したのは本訴係属後反訴に関する最終準備書面においてであって、それに先立ち催告のなされた形跡はない。原告の被告に対する本件契約上の債務は金銭債務であって履行不能ということはありえないから、右のような催告を伴わない解除は効力を生ずるに由ない。他方、本訴における原告の解除は、定期行為における期限徒過に基づく被告債務の履行不能を理由とするものであって、催告に関しては右とは別論であるが、原告からの第一回代金の支払についての認定が先に第三節で判示したとおりである以上、双務契約上の地位を保有する被告の債務の不履行を被告の責に帰すべきものと言うことはできないから、原告の解除の意思表示も、右の意味では効力を生じないものと言うべきである。

五  然しながら、民法第六四一条により、注文者は仕事未完成の間は請負人の損害――既に支出した費用と仕事を完成した場合の得べかりし利益の喪失――を賠償して契約の解除をなすことを得るのであるから、原告の意思表示に右の解除の効果を認めえないか否かを検討する余地があろう。判例や学説はこれを否定しているが、当裁判所は、本件の場合にはこれを肯定しうると考えるものである。

思うに、債務不履行に基づく民法第五四一条の解除は、損害賠償請求を伴うのを通常とするのに反し、前記条文による注文者の解除は、逆に相手方の損害賠償請求を当然に伴うものであって、両者は著るしく制度上の本旨と効用を異にするから、一般に両者間の相互流用が認められると解すべきものではあるまい。然しながら本件被告の請求は、注文者すなわち原告の本訴における解除の主張の後に、反訴請求としてなされ、その内容は、「既に支出した費用と仕事を完成した場合の得べかりし利益の喪失」とを損害として主張し、その賠償を求めるにあったのである。このような場合には、反訴において被告が独自に主張した契約解除原因の成否とは別に、本訴における原告の解除の主張を民法第六四一条の解除がなされたものとして援用する旨黙示的主張があったと解することができ、本件原告は、その後の経過を含む弁論の全趣旨により、被告の右援用を争わなかったものと認められるのであるから、前記一般論と異なり、原告の解除に同条の解除としての効力を認めるべきである。そして、これを前提とする被告の損害賠償も、同条によるものとして、成否を判断せらるべきである。

六  そこで、まず、「既に支出した費用」について案じるに、昭和四三年三月二日の起工式が延期されたことは当事者間に争いがないが、これは≪証拠省略≫により、原告の被告に対する申入れによって延期されたものであると認められる(≪証拠判断省略≫)。また、若林証人は、三月四日頃被告方を訪れたが、着工している状態は見えなかった旨供述しているが、≪証拠省略≫によれば、前々日の起工式延期の連絡後、資材を積み上げ整頓してしまったものと認められるから、右若林証人の供述と必ずしも矛盾しないし、≪証拠省略≫によっても、当時既にある程度工事が進められていたことは明らかである。そして、≪証拠省略≫によれば、その後も被告は原告からの再開申入れを待機しつつ、図面作成・トリム計算等に従事していたのであって、≪証拠省略≫により、昭和四三年七月一三日の時点においてなお水産庁の造船許可を得るため原告から被告あての依頼状が出されていることが認められる以上、その頃まで被告側の支出がなされたとしても、原告としてはこれを無用の支出と主張することはできぬ筋合である。

七  よって、その頃までの支出額を証拠について案ずるに、≪証拠省略≫を総合すると、船体工事費用として二五三万六二五〇円、船体艤装費用として八八万〇四〇〇円、機関室艤装費用として四三万七二〇〇円、設計費用として二九万八〇〇〇円の被告支出(消耗品の消費や被告手持の材料が使用された場合の評価額も含めて)が認められ、また、≪証拠省略≫を総合すると、機械消耗費一五万八八一六円、電力料四万〇二〇二円、モデル・マシーン・ウエス・ドリルなどの燃料費一式二万九六三二円、小計二二万八六五〇円の支出あることが認められる。以上を合計して、四三八万〇五〇〇円が「既に支出した費用」に由来する損害と算定される。

八  次に「得べかりし利益の喪失」であるが、≪証拠省略≫により、船舶の建造の際の請負人の利益は、普通の契約では請負代金の一割を例とすること、本件では船主支給分が相当にあるのでそれよりは少ないこと、そこで、被告としては、代金五〇〇〇万円の一割より下回る三三〇万四〇〇〇円すなわち≪証拠省略≫の「諸経費一六五万二〇〇〇円」の二隻分の金額をいわゆる逸失利益として主張していることが認められる。これによれば、右金額を相当として認むべきである。

九  よって、右二口合計七六八万四五〇〇円が被告の損害であるが、被告はそのうち七六三万九九五〇円を請求しているので、その全額を認容すべきである。次に、遅延損害金の起算日として被告は昭和四三年六月三〇日すなわち約旨に基づく引渡時を主張しているが、前判示のとおり、本件における被告の右損害賠償請求権は、原告の本件訴状による解除の意思表示を民法六四一条の解除と見ることによって理由づけられているのであるから、本訴の訴状送達の翌日である昭和四四年一二月六日を以て起算日とすべきである。なお、損害金の率が年六分であることは、商事会社間の請負契約解除に伴うものである以上、当然である。

一〇  以上を総合し、原告の本訴請求を棄却し、被告の反訴請求は、右に示した損害金の一部を除いて、認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条・第九二条但書に、仮執行宣言については同法第一九六条に従って、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 倉田卓次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例